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| 塩売大黒さま |
宝満山(ほうまんざん)は、古代から霊峰として崇められ、山麓には寺院が営まれました。特に最澄(さいちょう)が唐への旅の安全を祈って山にこもってからは、学問僧や山伏・僧兵などが集まり、九州における天台宗(てんだいしゅう)の中心として栄えました。
ある年の冬、雪に降りこめられて塩が底をついた山伏たちが困っていると、台所に塩が届けられているのを見つけました。それは「奥の坊」の本尊として祠られ、最澄が心を込めて刻んだと伝えられる大黒さまの仕業でした。皆喜んでこの像を「塩売(振)大黒さま」と呼び、崇めたということです。
明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により山伏たちとともに山を追われた大黒像は、現在福岡市の宝照院(ほうしょういん)に安置され、12月2・3日にその姿を拝することができるのです。
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