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| 苅萱の関(一)(かるかやのせき) |
昔、太宰府の入口には関所がありました。その一つに、苅萱の関があります。現在の関屋の交差点付近で、浄瑠璃「苅萱道心」や高野山苅萱堂縁起の仏教説話でその名を知られたところです。
主人公・苅萱道心(どうしん)は、苅萱の関の関守をしていた加藤左衛門尉繁氏(さえもんのじょうしげうじ)が出家した後に名乗った名前です。繁氏の父は、名を加藤左衛門尉繁昌(しげまさ)といい、弓の達人でした。立派な人物でしたが子宝に恵まれず、どうしても世継ぎのほしい繁昌は、香椎宮へ願をかけに行きました。すると、満願の日の早朝夢枕に香椎宮の使いが立ち、「箱崎の松原の西の橋ぎわの石堂口の川のほとりに行きなさい。そこに玉のような石がある。これを持ちかえり妻に与えるのです。必ずや男の子が生まれるであろう」と告げて消えました。急いで、繁昌が石堂口へ行ってみると、そこに立つお地蔵様が左手の上に丸い石をのせています。その石は温かく、光明を放っているのです。繁昌は、大事に大事に石を太宰府の家に持ち帰り、妻に与えました。ほどなく妻は妊娠し、翌年正月二四日、男の子が生まれました。この時、家の中には、何とも知れぬよい香りが薫ったといいます。男の子は、霊石を賜った地名をとって石堂丸と名づけられました。
そしてこの石堂丸が繁氏、後の苅萱道心なのです。 |
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