石こずんばば
1586年(天正14)の夏、太宰府一帯を治めていた高橋紹運(たかはししょううん)は、九州制覇をめざす島津勢に攻められ、岩屋城にたてこもりました。島津勢は、欲深い老婆から水の手を聞き出して水を絶ち、窮地に追い込まれた高橋勢は、全員討死しました。紹運を慕っていた村人たちは、老婆を捕らえて水場へつれていき、石で生き埋めにしたといわれています。
その石の小山は、実は665年(天智4)築造の大野城の石垣を指しています。
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